徒然草・第104段
◇荒れたる宿の人目なきに
兼好の恋愛の理想のカタチ?
ある女性が世間を憚ることがあった頃、荒れてしまって人目もないような家に、することもなく引き籠っていた折に、ある人が見舞おうと夕月がまだ薄く見える時間にお忍びでお訪ねになった。
飼い犬がうるさく吠えたので、召使いの女が出てきて「どちらさま?」と尋ね、そのまま様子を伺って屋敷へ通された。
邸内の寂しげなありさまを見るに、どう暮らしているのかと痛々しく感じる。粗末な板の間に立っていると、落ち着いた感じの、けれど若い声で「こちらへ」と声がするので、開け閉めが大変そうな遣戸(やりど・引き戸)から邸内に入られた。
家の中はさほど荒れているというわけでもなく、情緒ある雰囲気で、遠くにほのかに灯っていた灯りで調度品の美しさも垣間見える。急遽焚いたわけでもない香の匂いもほどよく漂う。
「門をきちんと閉めて、雨が降るといけないので牛車は門の下に、お伴の方々はそこそこで…」と言うと「男性が来てくれているので今夜は安心して眠れます」と誰かがささやいているのも、声を潜めて言っているのだろうが、手狭な家ゆえに漏れ聞こえてくる。
さて昨今のことなどを細やかに話していると、一番鶏も鳴いた。これまでこれからの心づくしの話をしている間に、今度は鳥もにぎやかにさえずるので、「もう夜がすっかり明けてしまったのだろうか」と鳴き声を聞く。別段夜が明ける前に急いで退出せねばならないような場所でもないため、しばしのんびりしておられたが、戸の隙間に白く外光が射してきた。
忘れ難いことを言って立ち去る際、梢も庭の草木も青々とした四月の明け方の景色は大層趣があるものだったが、その明け方のことを思い出しては、たまたまここを通りかかったときには庭の大きな桂の木が見えなくなるまで今でも見送られるのだそうだ。
徒然草・第105段
◇北の屋陰に消え残りたる雪の
兼好さん、それピーピングですよ…!
家の北側の日陰に消えずに残る雪が凍りつき、寄せてある牛車の轅(ながえ・牛車の前方に突き出た二本の棒)にも霜がたいそうきらめいていて、夜明けの月がよく見えるけれどもくっきりとまでは見えないようなそんな時に…
人の気配がない御堂の廊下でただ人ではないと思われる男が、女と長押(なげし・柱と柱の間に取り付ける横木)に腰掛けて語り合っているのは、一体何の話をしているのだろうか、話が尽きる様子もない。
輪郭の陰や姿かたちが大変立派に見え、なんともいえない香りがさっと薫ってくるのも趣がある。声が端々漏れ聞こえてくるのも、はっきりと聞きとりたいものだ。