徒然草・第87段
◇下部に酒飲ますることは
史上最低の酔っ払いの話
部下に飲酒させることは注意が必要なことだ。
宇治(京都府宇治市)に住んでいた男は、京に住む具覚房(ぐかくぼう)という名の優雅に暮らす僧侶が妻の兄弟なので、常々仲良くしていた。
あるとき、具覚房を迎えに馬を遣ると「道中は長いのだ。馬を引く男にまずは一杯飲ませてやりなさい」と酒を差し出してきたので、迎えの男は何杯も何杯も酒が口からこぼれるほど飲んでしまった。
太刀を腰に挿した勇ましい様子が頼もしく思えて、具覚房は迎えの男を供として連れて行ったが、木幡(こわた・京都府宇治市)あたりで護衛を大勢連れた奈良の僧兵たちに出くわした。男は立ち向かって「日が暮れた山中で怪しい。止まれ」と太刀を抜いたので、僧兵たちも太刀を抜き矢を弓にあてがって引く用意をした。
具覚房は手をこすり合わせて平身低頭し「正気を失っている酔っ払いなので、お許しを」と言ったので、皆笑いながら去って行ってしまった。
男は具覚房に向かって「あなたは残念なことをしてくれたものだ。私は酔ってなどいない。武勲を上げようとしたのに、抜いた太刀が無駄になってしまったじゃないか」と怒り、具覚房をめちゃめちゃに斬って落馬させてしまったのである。
さらに「山賊がいるぞ」と騒いだので、村人がわらわらやって来た。男が「我こそが山賊だ」と叫びながら走って跳びかかり斬りまわったので、皆で男にケガをさせて地面に打ち伏せて縛り上げた。
馬は返り血だらけのまま宇治の大通りの飼い主の家に走り戻り、主人は仰天。部下を大勢駆けつけさせたところ、具覚房はクチナシの草むらに倒れていた。担いで戻ってきて、なんとか命は取りとめたが、腰を斬りつけられたため障害者になってしまったのだった。
徒然草・第88段
◇或者小野道風の書ける和漢朗詠集とて
ニセモノほど価値がある!?
ある者が小野道風(おののとうふう・10世紀の書家)が書いたという和漢朗詠集(わかんろうえいしゅう・藤原公任撰の歌集で11世紀初頭に成立)を持っていた。
ある人が「昔からの言い伝えはアテにならないモノだというわけではないが、11世紀の藤原公任が選んだ和歌を10世紀の小野道風が書写するというのは、時代が違うではないか。怪しいものだ」と言ったところ「だからこそ、世にも珍しいものだ」と言ってますます大事にしたという。