徒然草・第133段
◇夜の御殿は
北枕ってこんな昔からタブー視されてたんですねえ
天皇の夜の御寝所では、東を向いて枕が置かれる。
通常、東向きに枕を置いて、日の出の「気」を受けるのが良いとされていたので、あの孔子(こうし・春秋時代の中国の思想家。儒家の始祖)も東に枕を置いた。寝室において、東を枕にする、もしくは南を枕にすることは普通のことである。
白河上皇(しらかわじょうこう・平安時代後期、第72代天皇)は、北を枕にしてお眠りになった。
「北枕は不吉で避けるべきだ。それに伊勢神宮は都から南の方角にある。伊勢神宮に足を向けて寝るとはいかがなものか」と、ある人が言ったが、伊勢神宮への遙拝は南東をお向きになられるのだ。南ではない。
徒然草・第134段
◇高倉院の法華堂の三昧僧
身の丈を知って大人しくしていろということ
高倉上皇(たかくらじょうこう・平安時代末期の第80代天皇)の御陵にある法華堂で法華経三昧の僧侶の、なんとかの律師という者は、ある時に鏡を手に取って自身の顔をまじまじと見て、その容貌の醜く、ブサイクであることの甚だしさに情けなく感じた。
顔を映す鏡でさえも疎ましく思えて来たので、その後長らく鏡を恐れて手に取ることすらしなかった。そして人と交際することもなかった。
ただただ法華堂の勤行にだけ出て、引き籠っていたと聞いたが、なかなかない素晴らしいことである。
賢そうな人も他人のことばかり気にかけて、自分のことを知らないものだ。自分自身を知らずに、他人のことを知るというような道理はあるはずがない。だからこそ、自分を知る人を、物の道理をわきまえた人だと言うのだ。
容貌が酷くともそれを知らず、心が愚かであることも知らず、芸事が下手であることも知らず、身分が大した高さでないことも知らず、年老いてしまったことも知らず、病気が身を侵していくことも知らず、死が近づいていることも知らず、仏道の勤行が至らないことも知らない。
それゆえに自分自身の非を知らないので、他人が自分を悪く言っていることも当然知るはずがない。
ただ、容貌は鏡を見れば判ることであるし、年齢も数えれば判る。だから自分自身を全く知らないということにはならないであろうが、知ったところでどうすればいいかを判断できないので、全く知らないのと大差ないのである。
容貌を整え、年齢を若くしろと言っているわけではない。
自身が拙いのだと悟ったならば、どうしてすぐに退かないのか。老いたと悟ったならば、どうして閑静な土地に住んで、身体を労らないのか。勤行がおろそかになっていると悟ったならば、なぜそれについてよく考えないのか。
そもそも他人に愛されていないのに、人々の間に立ち混じって交際することは恥ずかしいことなのである。
容貌が醜く、分別もできていないくせに出仕し、バカなくせに学才ある人と交わり、芸事が下手くそなのに上手な者と同席し、頭は白髪で真っ白なのに若い人の間に並び、ましてや自分の力の及ばないレベルのことを望み、実現できないことを悲しみ、来ないものを待ち、他人を恐れ媚を売るのは、他人から与えられた恥ではない。欲深い心に導かれて自分で自らの身を辱しめているのだ。
欲を貪ることを止めないのは、命が終わる一大事が今ここに来ていることを全く自覚していないからなのである。