徒然草・第89段
◇奥山に猫またといふものありて
あっさりと書き記したオチが秀逸
「山奥に猫またという妖怪がいて、人を食うそうだ」と人が言ったところ、「山じゃなくても、この近隣でも、猫が年をとって猫またに化けて、人を獲って食うことがあるらしい」と別の人が言ったのを、連歌を職とする行願寺(ぎょうがんじ・京都市中京区の寺院)のそばに住むなんとかかんとかという僧侶が耳にした。
一人歩きをする自分は気をつけねばならないと思っていたそんな頃、ある場所で夜遅くまで連歌をして、たった一人で帰って来たときのこと。小川のほとりで噂に聞いた猫またが狙いを外さず足元に寄ってきて、すぐに飛びかかると同時に首のあたりに食いつこうとした。
僧侶は肝をつぶす思いで、防御しようにも力も出ず、足腰も立たなくなり、小川に転げ落ちて「助けてくれ、猫まただ、猫まただ」と叫んだため、家々から松明を照らして人々が駆け寄ってきて見てみれば、顔見知りの僧侶である。
「なにがあった?」と小川の中から抱き起したところ、懐に入れていた連歌で勝ち取った扇や小箱などの賞品もずぶぬれになってしまっていた。僧侶はなんとか助かったと、這いずりながら家に入って行った。
僧侶が飼っていた犬が、暗闇の中でも主人を察知して、飛びついたのだということだ。
徒然草・第90段
◇大納言法印の召使ひし乙鶴丸
妻の浮気を問い詰める夫 お寺ver.
大納言法印(大納言の息子で僧侶となり最高位になった者)の召使をしていた乙鶴丸(おとづるまる)が、やすら殿(やすらどの・詳細不詳)という人と知り合いになって、よく通っていた。
あるとき、乙鶴丸が帰宅したので、大納言法印が「どこへ行っていたのだ」と問うと「やすら殿のところへ行っていました」と答える。
「そのやすら殿というのは、一般の男性なのか?それとも僧侶か?」とまた問われたので、乙鶴丸は服の両袖を重ね合わせてもじもじしながら「さあ…どうでしょう。頭は見てないもので…」と返答した。
頭だけ見てないなんてことがあるだろうか?