徒然草・第135段
◇資季大納言入道とかや聞えける人
第62段に続く「鎌倉時代暗号シリーズ」第2弾
二条資季(にじょうすけすえ・鎌倉時代前期の公卿・歌人)とかいう人が、源具氏(みなもとのともうじ・鎌倉時代前期の公卿・歌人)に対して「キミが尋ねるくらいのことは、何だって答えてみせよう」
と言い、具氏は、
「どうでしょうねえ」と答えたので、
「じゃあ、問答をしたまえ」と資季が返した。
「本格的に難しいことは少しも習得していないので、尋ねるほどのことはありません。何でもないたわいもないことの中で、はっきりしないことをお尋ねしましょう」
と具氏は答える。資季が、
「まして身近なことなど、なおさらどんな事でも解き明かしてみせよう」
と続けたので、天皇の側近や女房たちも、
「面白い問答対決です。同じことなら、天皇の御前で対決すれば宜しいでしょう。負けた方は勝った方をご馳走するということで」
こう言い定めて、御前に呼ばれて対決させられた。
具氏は尋ねた。
「幼いころから聞いていたのですが、意味が判らないのです。『むまのきつりやう きつにのをか なかくぼれいり くれんとう』というのはどういう意味なのですか?」
資季はうっと言葉を詰まらせ、
「これはつまらないことなので、わざわざ答えるほどの価値もない」と言ったので、
「もとより難しい学問のことは存じません。たわいもないことをお伺いしますと最初に約束したではないですか」
と具氏が答えたので、資季が負けとなり、引き受けたご馳走の約束を盛大に実行されたということだ。
※「むまのきつりやう きつにのをか なかくぼれいり くれんとう」…この謎かけについては、明確な解答はまだ解明されていない。
柏原瓦全の説では、「むまのきつ」は「退きつ」なので取り除く。「なかくぼれいり」は「中が窪んでいる」ことから、途中の文字を取り去る意味を示し、残った「りやうきつにのをか」の途中の文字を消して、最初の「り」と最後の「か」を残す。最後に「くれんとう」が転倒の意味になるため、「り」「か」を転倒させて「かり」。すなわち「雁」という意味になる。
安良岡康の説では「 むまのきつりやう」は「馬退きつ了」なので、まるごと取り除く。「なかくぼ」は「中が窪む」で途中の文字を取り去る意味とし、「れいり」は「れ」の文字を入れる意味とする。その2つの法則を「きつにのをか」に適用し、途中の文字を取り去った「きか」の間に「れ」を入れて、「きれか」とする。最後に「くれんとう」で転倒させて「かれき」。つまり「枯れ木」という意味になる。
徒然草・第136段
◇医師篤成故法皇の御前にさぶらひて
第135段に続く「知ったかぶりって恥ずかし~いシリーズ」第2弾
医師の和気篤成(わけのあつしげ)が、故・後宇多法皇(ごうだほうおう・鎌倉時代の第91代天皇)の御前に控えていて、そこへ食膳が出て来た際に、
「今出て参りました食膳のさまざまな食べ物について、その漢字でも効能でもお尋ねください。何も見ずにお答えいたしましょう。後で本草学(ほんそうがく・薬用植物の学問)の書物をご覧ください。ひとつたりと間違ったことを申し上げないはずです」
と申し上げた。そのとき、源有房(みなもとのありふさ・鎌倉時代後期の公卿)が参上し、
「この私も良い機会に便乗して学問をしましょう」
と言って、
「まず、『しお』という漢字の部首は何偏でしたかな?」
と尋ねたので、
「土偏です」
と答えたところ、
「学才の程度はそれで充分判りました。もう結構です。何も伺いたいことはありません」
と言ったので、皆大笑いして、篤成はすごすごと退出してしまった。
※「しお」の漢字は「塩」ではなく「鹽」が正字であるという前提から有房が出した引っかけ問題。
しかし、有房は「何偏か?」と偏のある漢字を問うているので、「鹽」に偏はないことから、篤成が土偏の「塩」と答えたのは本来は正解である。