徒然草・第32段
◇九月廿日の比
ちょっとしたことで人の価値って判ったりするものです
九月二十日ごろ、ある人にお誘いを受けて、夜明けまで月を眺めながら歩きまわっていたが、思い出されたところがあって私に様子を窺わせてから中にお入りになった。
草が茂り夜露が下りた庭に、わざわざ焚いたわけではない香りがうっすら漂い、小声で語る様子はとても趣きがあった。
ほどよくして家からお出になった。私はこの家の女の優美さに惹かれ、物陰からしばらく見てみると、女は戸を少し開いて月を眺めているようだ。人を見送ってすぐに戸を閉めて鍵をかけて籠ってしまうようでは台無しであろう。見送ったあとの様子まで見ている人があるとはまさか思うまいが、このようなことは普段からの心がけからくるものだ。
その女はほどなくして亡くなってしまったそうである。
徒然草・第33段
◇今の内裏作り出されて
昔の細かいことに詳しい人は重宝されるもの
現在の皇居を造営したとき、昔のことに明るい人たちにお見せになったら、どこも難点はないとされ、天皇がお遷りになられる日が迫った時になってから後深草上皇妃・玄輝門院(げんきもんいん)がご覧になって
「以前の覗き窓は櫛形窓ではなく、丸くて縁もなかった」とおっしゃっていたのが素晴らしい。
確かに切りこみがあり、縁もついていたので、これは誤りだと、修繕になった。
徒然草・第34段
◇甲香はほら貝のやうなるが
- 方言って独特
甲香(かいこう・巻貝アカニシのふた。粉末を保香剤として練り香に用いる)は法螺貝のようだが小さくて口のあたりが細長く突き出た貝の蓋である。
金沢(横浜市金沢区)という浦にあったのだが、地元民は「へなだりと呼びます」と言っていた。